夕 顔 (五)

「由紀 由紀」
父が自分を呼ぶ声がして、由紀が雄太郎と父がいる部屋へ行くと、もう話はおわったようで、先ほどの険しい顔が和やかな表情になって
「雄太郎は今日から休みだそうだ。」
折角だから出掛けて来いと言う。
父に急かされるようにして、二人は外へ出た。

「いい天気だな どこへ行く。」 両手を伸ばし、背伸びしながら雄太郎が話し掛ける。
「久しぶりのお休みに、遊びに出掛けたりしてよろしいのですか。」
由紀は、自分は雄太郎と思いがけず出かけることが出来て嬉しかったが、雄太郎には他にすることがあったのではないかと心配になって訊いてみた。
「休みだから こうして出掛けようと誘いに来たんだ。」
由紀が好きな笑顔で言われると、あとは何も言えない。
「雄太郎さまはどこがよろしいですか。」
「どこでもいいんだけど…天神さんにでも行ってみるか。」
「はい。」

雄太郎に逢ったら訊いてみたいことがあった。
近頃、和津や用人の態度が前とは違うような気がすることがある。
取り立てて「ここが…」とかいうのでは無いが、微妙に違う。
そんな気配を感じたときは、居るのが忍びなく早々に帰宅したこともあった。
自分の何かが…
思いあたることはなくても、周りに気を遣わせてしまったのではないか。自分の足りないところが、気分を悪くさせてしまったのか・・・
気にしてしまうと、堂々めぐりになって答えは出てこない。
母に言えば、「由紀が半人前だから。」と片付けられるだろうと思い何も話していない。
だけど どのように話したらよいのか、それが由紀には思案のするところだった。

雄太郎は瑠璃のことを由紀に話そうと思い、淳之介に相談に来た。
だが淳之介には話すことは禁じられた。
瑠璃の警護は、「腕の立つ者を。」と訊かれた淳之介が雄太郎を推薦したものだった。
但し『瑠璃の警護』という肝心の事柄は、一番最後に告げられたのであって、淳之介にとっても驚くことだった。
「家族にも言えない勤めがあることを覚えねばならぬ。」
実父が亡くなってからは、淳之介が剣以外のことでも雄太郎の指南役になった。
もしや…自分と瑠璃のことで由紀が不安を感じたり、悩んでいたとしたら…
それが雄太郎には苦しいことだった。
「何でもないんだ。お役目なんだから。」 そう一言いえば、由紀がどれだけ安心するか・・・
今 隣を楽しそうに歩く由紀をながめながら、雄太郎には胸に重い雲がかかるように感じた。


「そなたは、一場先生の…」
「この二人は私の友人です。ここにのびている輩は存じませんが、この二人は怪しい者ではありませんので。」
自分を知っている同心だと判り、信吾は早々にこの二人をこの場から連れて行こうと思い、一気に話した。
同心の方も何か感じたらしく、
「承知しました。詳しいことは後ほど…道場へ伺います。」
と、頭を下げた。
「行きましょう。」
野次馬が取り巻く中を、二人を引き連れて信吾は急ぐ。
駕籠を頼んで二人を乗せ、自分は徒歩で行く。
「信吾、どこまで行くのじゃ。」
「取り合えず私の家まで。先ほどの者の残党がいては大変ですから。」
このまま、彼の屋敷まで行って敵に悟られては一大事だと思い、ひとまず道場へ連れて行こうとしていた。

時々後を振り返る。追ってくる者はいないようだが油断は出来ない。
神経をそこ ここに払いながら駕籠を急がせた。

「到着いたしました。」
信吾の声で、ようやく二人はそれぞれ駕籠から降りた。
「ここは・・・」
「私どもの道場でございます。ただ今父が参ります。」
二人は珍しそうにあたりを眺めている。
道場から声が聞えてくるのを聞いて、
「誰か稽古中なのか。」
「今は子供たちが来ております。」
淳之介が答えた。
「おお 淳之介。久しぶりじゃ 元気そうだな。」
「はい。殿には益々ご健勝でなによりかと。
狭い所ですが、どうぞ中へ。」
二人を案内して、淳之介も信吾も屋敷内へ入った。

「お二人とも、お怪我がなく…あの者に見覚えはございませんでしたか。」
「ああ…だが、多分…」
判っているが、ここで瑠璃姫の前で言うのは憚れるのか、意味あり気の目配りを淳之介にした。
「左様ですか。」 淳之介もそれ以上は訊かない。
「姫さま 町の暮らしはいかがですか。」
その昔、光源氏か淳之介かと噂された秀麗眉目の顔立ちのまま淳之介が瑠璃に訊いた。
「とても楽しいです。雄太郎どのや、爺に迷惑をかけましたがもう…あとは殿と一緒に国へ参ろうと思います。
淳之介どの…我儘を訊いて下さり ありがとう。この通りです。」 頭を下げた瑠璃の目に光るものがあった。
「姫さま 頭を上げてください。 そのお言葉はこの次に松岡雄太郎に会いましたら、彼に言ってやってください。」
袖を目元に当てながら
「そうですね。」 と言い、隣をみて微笑んでいた。
「それにしても淳之介どのと信吾どのは…そっくりですね。こんなにそっくりな親子は初めてです。」
姫の言葉に笑いが起きた。

殿と呼ばれていたのは、瑠璃姫の縁談の相手 村上 義明だ。
瑠璃姫が城を出て、町の暮らしをみてきたと聞き、自分もしてみたいと内緒で抜け出してきたのだった。
信吾はこの縁談が決まってから、義明の江戸での警護に就いていた。
一度しか会っていなかった義明と瑠璃だったが、今回瑠璃が義明を「町へ」と誘うと、嬉しそうに同意した。
世間知らずとはいえ、大胆な二人に信吾は慌てた。
しかし、この二人にこのような時間があっても良いのではないかと思い、影のように後をつけてきた。
民の暮らし、気持ちを知らずに政冶は出来ない…と信吾は思う。
ほんの僅かでも、民衆に触れてくれたら…
そんなことを考えていると
「信吾、明日から剣術の稽古をするから、そなた相手をしてくれるか。」 義明が言う。
「私は構いませんが、殿にその時間がございますか…」
多忙に過ごしているのを知っている。
「茶の時間や論語を読む時間を削れば良い。本を読むより実践じゃ。」と笑う。

みちがぼた餅を運んできた。
稽古を終えた子供たちのおやつだ。
「あれは…」 瑠璃が不思議そうに訊く。
「姫はぼた餅を知りませんか。食べてご覧になりますか。」
淳之介が訊くと、嬉しそうに
「はい。 殿の分もよろしいでしょうか。」
と言うのを聞いて、淳之介はにこやかに笑い、信吾が母の元へ行く。
まもなく皿に盛り付けて、みちが来た。
「お口に合いますか どうか…」 恐縮して小皿に取り分ける。
「うん 美味い。こんなに美味いぼた餅は初めてじゃ。」
と義明。
「ぼた餅は、初めて食べます。」と言った瑠璃姫は
「美味しゅうございます。これ…この作り方教えて下され。
殿が食べたいと言う時に、わたくしが作って差し上げたい。」
頬を紅く染めて言う。

ほのぼのとした時間が流れた。

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この記事へのコメント

はな
2006年06月11日 16:20
もうはるさんったら!
『光源氏か淳之介かと噂された秀麗眉目の顔立ちのまま』ってぇ~
大爆笑だよ!淳さんそのまんまじゃ~ん♪
この人は誰、あの人はこの人って想像しながら
一人ニヤニヤしながら読ませていただいています。
はる
2006年06月12日 21:12
はなさんへ
へへへww~
だって~ つい…ねえ!(何が…)やっぱり淳之介さんには“力”が入ってしまうの!!!
主役が逆転しないよう気をつけますーー;