風 花 16

若菜は歩きながら 雅紀が 『真咲ちゃ』 と言いかけて 『真咲さん』 と言い直したことを思い出していた。
神林さん…お姉さんを 『真咲ちゃん』 て呼ぶくらい親しかったのかな…
お姉さん一度も神林さんのこと 言った事なかったけど。
あ お姉さん 私がパパの娘って知らない…知ったら驚くよねぇ。
なんかグチャグチャ…大人は 判らない…
家の門まで着いたとき携帯が鳴った 「もしもし 若菜? 真咲さん目が覚めたって!」 母の声が弾んでいた。

「お名前 言えますか?」
「前田 真咲です。」 意外にもしっかりした口調で答えている。
生年月日、住所、家族名などまるで尋問のようだと思いながら 雅紀は後方で聞いていた。
「前田さん 他の方より長く眠っていたので心配したんですが…大丈夫のようですね。」 安心した笑みを浮かべて医師は雅紀を振り返った。その笑みに雅紀も安心感を見せて 頷く。
「ちょっと 辛いかもしれませんが事故のこと 覚えていますか?」
「事故…バイク…バイクが歩道を走って来て…あっ 若菜ちゃん! 先生若菜ちゃんは?」 
起き上がりそうな勢いで医師に言うと、真咲の肩を押さえながら
「大丈夫です。擦り傷だけでその日の内にお家に帰られましたよ。」
肩で大きく息をしながら
「そうですか…よかった…」
「前田さんはしばらく動けませんよ。左の脚と腕を骨折してますから。それともう一度頭部の検査をします。明日から始めますので 今夜はゆっくりって言っても今目覚めたばかりですが(笑)休んでください。 面会時間過ぎてますが もう少しいいですよ。そばについてて下さい。」
優しい笑顔をみせて 医師と看護士は病室を出て行った。

「そんなに…眠っていたんですか?」
「そのようです(笑)。あういう手術の麻酔が どれ位の時間効くようになっているか判らないけど 先生たちが慌てるくらい寝ていたんだよ。」
「…そう…」
「どこか痛いところはある? 何か欲しい?」 雅紀の言葉に首を振る。
雅紀はもう一度 真咲の手を握り締めて
「よかった…あのまま目が覚めなかったら どうしようかと思ったよ…ホント よかった…」
そう言いながら 自分の中に熱いものが込み上げてきて 言葉が続かなかった・・・
時計をみると10時を過ぎようとしていた。
「そろそろ帰るね。また来るから…」 手を離そうとすると
「…神林さん…」 真咲の方が雅紀の手を握ってくる。
今まで真咲の方から甘えてきたことは無い…真咲の行動に雅紀は内心驚いていた。
「どうしたの?」
「いや…一人は嫌…こういう処に一人は…嫌…」 涙声で、しかも消えそうなくらい小さな声で訴えてくる。
嫌と言われて 雅紀はどうしたらいいか…と考えていた。
「一人が嫌? 病院が嫌?」
「どっちも…眠っているとき暗くて…暗くて…誰もいなくて…でも母の声がしたの…」
「お母さんの?」
「ええ 観て…るの…が・・・辛いっ…て…」 涙で話せない。
「お母さん 心配だったんだね…」 涙を拭いてやる。
「また暗いとこで…神林さんの声…が…聞えたんです…」
「えっ? 私の?」 確かに大声で真咲を呼んだ 早く目を覚ませと・・・。
真咲は頷きながら
「神林さんの声…」
雅紀は真咲の涙を拭きながら
「うん 呼んだ。早く起きろって…大声で言ってたら さっきの看護士さんがきて怒られた(笑)」
「怒られた?…ふっふ…」 
「笑っている場合じゃない(笑)」 そう言ったものの、思いがけず真咲の笑顔が見れたのが雅紀には嬉しかった。
「眠れる?」
「判らない…眠るのが怖いような気もしてきて…でも神林さん…ごめんなさい引き止めて。明日お仕事ですよね。私大丈夫ですから…」
こんなに心細い顔をした真咲を一人にして帰れない。
雅紀はナースセンターに行き真咲の精神状態を話し、今夜はこのままついていたいと言うと
「そうですね。暗さとか一人が辛いのは本人には周りが思った以上に精神的に負担になるから…良いですよ。あっ ベッド用意出来ますけど。」
「いえ ソファーも有りますから。 じゃあ おやすみなさい。」

ベッドで天井を見ている真咲に
「今夜はここにいるから。」 と言うと
「神林さん ごめんなさい…」
「元気になったら 返して貰うよ(笑) そうだな…」

雅紀は真咲が希望を持てるような、退院してから出来ること、したいことを話した。
時々二人の笑い声が聞こえていたが…いつしか真咲は静かな寝息で眠っていた。

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