~~ 報 告 ~~
三枝紀子の父と秘書が駆けつけて、警察官と事情説明をしていた宗一の部下の浅井へ頭を下げた。
気を失った紀子は手を縛られ、口に猿轡を噛まされたまま三枝の車に乗せられ、病院へと戻されることになった。
紀子の父は
「小田島さんには、後日謝罪に参ります」 と言いながらも、不憫な娘を思い涙を流していた。
宗一は
「後は私が対応します。奥様を病院へ」 と言う浅井に
「すまない」 と断り、後藤に運転させ もう一度『北浜医院』へ車を走らせた。
病院へ着くと、連絡を受けていたのか北浜が手際よく対応してくれた。
「まったく無茶な奥方だな。 普通の身体でないと言ったはずなのに」
呆れたように言う友人の医者の言葉に、宗一は曖昧に頷きながらも聞き流した。
というより耳に入って来なかったというのが実際のところだった。
「貧血を起こしたようだな。 少し眠ると大丈夫だろう、ビタミン剤と鉄分の入った薬を注射しておくから」
と言った北浜の説明に頷くと
「お前のそんな不安そうな顔 初めて見たな。 奥方の目が覚めるまで付いていてあげるといい」
と冷やかされた。
病室に移された美保は静かな寝息を繰り返していた。
白い顔が 更に青白く見えて痛ましかった。
美保の細い手を握って宗一は自分の頬にあてた。
何故美保が会社へ来たのか…病院へ来る途中 後藤に訊いても
「奥様に寄って欲しいと言われまして…」とそれ以上は知らない返事だった。
滅多に来たことの無い会社に来てまで、自分に言おうとしていた事とは…宗一はふと気付いた。
そう 美保はこの北浜医院に来て診察を受けていたのだ。
北浜に聞けばすむことだ。 立ち上がるとドアがノックされ北浜が二人分のコーヒーを持って入ってきた。
「落ち着いたか?」 とカップを渡されると、コーヒーの香りが宗一を包んだ。
「ありがとう」 礼を言い、一口啜ると気持ちが落ち着いたような気がして、思わず「旨い」と洩らした。
「紀子嬢だったらしいな…さっき警察が来て話をして、まだ目覚めてないって言ったら帰って行ったよ。
被害といっても、怪我をしたわけじゃないから、話は後でもすむだろう」
「ああ…話には聞いていたんだよ 紀子さんのことは。
でも 何だか信じられなくてな…
…実際、紀子さんに『英雄さん』と声を掛けられた時にぞっとしたよ。」
「他人なのにお前と増岡はよく似ていたからな。
学生の頃は、後ろから見たら区別がつかなかったくらいだったな。
…紀子嬢 最近は正気のときが多かったらしい。
それで家族や病院関係者もどこか油断していたんだろうな…いつ病院を抜け出したのか誰も知らなかったようだ」
「顔を見たときに目の焦点が合ってなかったし、力が凄くて逃げるのがやっとの状態だったのに、今度は目の前に美保が出て来て驚いたよ。
気を失った美保を抱きかかえて車に乗って、ここまで来る間、こいつに何かあったらどうしようと思ったら情けないことに手が震えてしまった…
今日ほど、神様というものに祈った時はなかったような気がするよ…」
「怖いもの知らずといわれたお前が神様に祈ったか。 小田島の弱点は 愛しの奥方だな」と笑う北浜に
「…北浜、美保は何処が悪いんだ?」 と真面目な顔で訊いた。
「…何も訊いてないのか?」
「訊くも何も、会社に車が着いたらこの騒ぎだよ」
戸惑う様子の宗一に北浜は
「多分 自分から言いたくてお前の会社に行ったんだろう。
もうすぐ目が覚めるだろうから、直接訊くといい。」
と言って飲み干したコーヒーカップを手に病室を出て行った。
「…宗一さん…」 美保の声に宗一は ハッとして周りをみた。 いつの間にかうたた寝をしていたようだ。
「美保 大丈夫か? どこか痛いところとか、具合が悪いとか 無いか?」
首を横に振る美保が微かに笑って「どこも」 と言ってから 「ここは?」と訊いてきた。
「北浜病院の病室だよ。…覚えているか…」
「…確か会社に行って…あっ 宗一さん怪我は?」 思い出した美保が慌てて起き上がり 訊いた。
「大丈夫だ。どこも何ともないよ」 起き上がった美保を静かに寝かせながら、宗一は優しく言った。
「俺よりも誰かさんの方が無茶をして…びっくりするし、倒れるし……心配したんだぞ……」 声が詰まってしまった。
そんな宗一を見て、美保も安心したのか 込み上げて来るものがあった。
「…ごめんなさい。何故か分からないけど…足が勝手に…」思い出そうとしても、よく覚えていない。
ただ、宗一が危ない目に遭っているという思いだけしか残っていない、と言う。
「そうか…
北浜にこんな無茶な奥さんは見たことがないって言われた…」と冗談めかして言ってから
「それと、今日の診察の結果は?」 問い詰める宗一の声がいつになく険しかった。
それだけ心配していたということか。
「…えっ…と…」 美保は毛布を包んである白いシーツを目の高さまで引き上げた。
咄嗟に出た行動とはいえ、これほど心配させて、何故か…機嫌が悪いような…
なんと言ったらいいのか迷った。
「…どこが悪いんだ?」 更に訊いて来る。
「…どこも…悪くないです…」
「本当か?」
「…本当です。 ただ…」
「ただ?」 宗一の手がシーツを下げて、お互いの視線が合った。
美保は宗一の肩に手をおいて、宗一を自分の方へ引き寄せると耳元にそっと言った。
「…赤ちゃんが出来ました」
「……………」 返事がない宗一を美保はじっと見詰めると
「…あの…嬉しくないですか…」 心細気に言った。
「…本当か?」 宗一の表情は硬いままだ。
「はい…」 応える美保も少し緊張していたが、宗一は毛布の上から美保を抱きしめると
「本当だな…」と呟いてから
「やったな!」 と高らかに言った。
気を失った紀子は手を縛られ、口に猿轡を噛まされたまま三枝の車に乗せられ、病院へと戻されることになった。
紀子の父は
「小田島さんには、後日謝罪に参ります」 と言いながらも、不憫な娘を思い涙を流していた。
宗一は
「後は私が対応します。奥様を病院へ」 と言う浅井に
「すまない」 と断り、後藤に運転させ もう一度『北浜医院』へ車を走らせた。
病院へ着くと、連絡を受けていたのか北浜が手際よく対応してくれた。
「まったく無茶な奥方だな。 普通の身体でないと言ったはずなのに」
呆れたように言う友人の医者の言葉に、宗一は曖昧に頷きながらも聞き流した。
というより耳に入って来なかったというのが実際のところだった。
「貧血を起こしたようだな。 少し眠ると大丈夫だろう、ビタミン剤と鉄分の入った薬を注射しておくから」
と言った北浜の説明に頷くと
「お前のそんな不安そうな顔 初めて見たな。 奥方の目が覚めるまで付いていてあげるといい」
と冷やかされた。
病室に移された美保は静かな寝息を繰り返していた。
白い顔が 更に青白く見えて痛ましかった。
美保の細い手を握って宗一は自分の頬にあてた。
何故美保が会社へ来たのか…病院へ来る途中 後藤に訊いても
「奥様に寄って欲しいと言われまして…」とそれ以上は知らない返事だった。
滅多に来たことの無い会社に来てまで、自分に言おうとしていた事とは…宗一はふと気付いた。
そう 美保はこの北浜医院に来て診察を受けていたのだ。
北浜に聞けばすむことだ。 立ち上がるとドアがノックされ北浜が二人分のコーヒーを持って入ってきた。
「落ち着いたか?」 とカップを渡されると、コーヒーの香りが宗一を包んだ。
「ありがとう」 礼を言い、一口啜ると気持ちが落ち着いたような気がして、思わず「旨い」と洩らした。
「紀子嬢だったらしいな…さっき警察が来て話をして、まだ目覚めてないって言ったら帰って行ったよ。
被害といっても、怪我をしたわけじゃないから、話は後でもすむだろう」
「ああ…話には聞いていたんだよ 紀子さんのことは。
でも 何だか信じられなくてな…
…実際、紀子さんに『英雄さん』と声を掛けられた時にぞっとしたよ。」
「他人なのにお前と増岡はよく似ていたからな。
学生の頃は、後ろから見たら区別がつかなかったくらいだったな。
…紀子嬢 最近は正気のときが多かったらしい。
それで家族や病院関係者もどこか油断していたんだろうな…いつ病院を抜け出したのか誰も知らなかったようだ」
「顔を見たときに目の焦点が合ってなかったし、力が凄くて逃げるのがやっとの状態だったのに、今度は目の前に美保が出て来て驚いたよ。
気を失った美保を抱きかかえて車に乗って、ここまで来る間、こいつに何かあったらどうしようと思ったら情けないことに手が震えてしまった…
今日ほど、神様というものに祈った時はなかったような気がするよ…」
「怖いもの知らずといわれたお前が神様に祈ったか。 小田島の弱点は 愛しの奥方だな」と笑う北浜に
「…北浜、美保は何処が悪いんだ?」 と真面目な顔で訊いた。
「…何も訊いてないのか?」
「訊くも何も、会社に車が着いたらこの騒ぎだよ」
戸惑う様子の宗一に北浜は
「多分 自分から言いたくてお前の会社に行ったんだろう。
もうすぐ目が覚めるだろうから、直接訊くといい。」
と言って飲み干したコーヒーカップを手に病室を出て行った。
「…宗一さん…」 美保の声に宗一は ハッとして周りをみた。 いつの間にかうたた寝をしていたようだ。
「美保 大丈夫か? どこか痛いところとか、具合が悪いとか 無いか?」
首を横に振る美保が微かに笑って「どこも」 と言ってから 「ここは?」と訊いてきた。
「北浜病院の病室だよ。…覚えているか…」
「…確か会社に行って…あっ 宗一さん怪我は?」 思い出した美保が慌てて起き上がり 訊いた。
「大丈夫だ。どこも何ともないよ」 起き上がった美保を静かに寝かせながら、宗一は優しく言った。
「俺よりも誰かさんの方が無茶をして…びっくりするし、倒れるし……心配したんだぞ……」 声が詰まってしまった。
そんな宗一を見て、美保も安心したのか 込み上げて来るものがあった。
「…ごめんなさい。何故か分からないけど…足が勝手に…」思い出そうとしても、よく覚えていない。
ただ、宗一が危ない目に遭っているという思いだけしか残っていない、と言う。
「そうか…
北浜にこんな無茶な奥さんは見たことがないって言われた…」と冗談めかして言ってから
「それと、今日の診察の結果は?」 問い詰める宗一の声がいつになく険しかった。
それだけ心配していたということか。
「…えっ…と…」 美保は毛布を包んである白いシーツを目の高さまで引き上げた。
咄嗟に出た行動とはいえ、これほど心配させて、何故か…機嫌が悪いような…
なんと言ったらいいのか迷った。
「…どこが悪いんだ?」 更に訊いて来る。
「…どこも…悪くないです…」
「本当か?」
「…本当です。 ただ…」
「ただ?」 宗一の手がシーツを下げて、お互いの視線が合った。
美保は宗一の肩に手をおいて、宗一を自分の方へ引き寄せると耳元にそっと言った。
「…赤ちゃんが出来ました」
「……………」 返事がない宗一を美保はじっと見詰めると
「…あの…嬉しくないですか…」 心細気に言った。
「…本当か?」 宗一の表情は硬いままだ。
「はい…」 応える美保も少し緊張していたが、宗一は毛布の上から美保を抱きしめると
「本当だな…」と呟いてから
「やったな!」 と高らかに言った。
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